Addio, il grande maestro Morricone エンニオ・モリコーネ追悼

 Addio, il grande maestro Morricone エンニオ・モリコーネ追悼


イタリアの偉大な作曲家エンニオ・モリコーネがさる2020年7月6日ローマで逝去しました。享年91才。

1928年ローマに生まれたエンニオ・モリコーネはもともと現代音楽の作曲家ですが、世界にその名を轟かせた分野は言うまでもなく映画音楽。イタリア映画音楽の巨匠といえば、一世代前にニーノ・ロータという存在がありましたが、まさにロータとモリコーネはイタリア映画にとどまらず、世界の映画史上最高の巨匠だと私は信じています。

大変な多作家でしかもはずれがないというのがモリコーネの天才の証ですが、数多い代表作の中でも、私が最も愛聴しているのは、ベルナルド・ベルトルッチ監督「1900年」、セルジオ・レオーネ監督「ウエスタン」」続・夕陽のガンマン」、ジュゼッペ・トルナトーレ監督「ニューシネマパラダイス」等々。それから私が美術史の学生だった頃に夢中になって見ていたNHK「ルーブル美術館」の音楽(このサントラが私が最初に買ったモリコーネのCD)。
特にセルジオ・レオーネとのコラボレーションは、フェデリコ・フェリーニ&ニーノ・ロータとも比肩する名コンビでした。
レオーネの葬儀では、映画「ウエスタン」のこの上なく美しいメロディー「ジルのテーマ」をモリコーネ自らオルガンで奏して盟友を送ったとか…。
そしてレオーネを失った後にモリコーネの新たな盟友となったのは、息子と言ってよい年齢のジュゼッペ・トルナトーレでした。始まりはもちろん「ニューシネマパラダイス」で、以降はモリコーネが先に曲を作り、それに合わせてトルナトーレが映像を撮るという形だったといいます。

モリコーネはハリウッド映画の音楽も多く手がけ、また1960年代はイタリアン・ポップスのアレンジで数多くのヒット作を生み出しています。
テレビ音楽といえば、大河ドラマ「武蔵」もモリコーネが担当していて、これが2004年と2005年の2回に渡る来日公演につながったと言うから、この点に関しNHKさまさまですわ。
はい。私は2004年2005年に東京フォーラムで、マエストロ・モリコーネ自身の指揮によるコンサートを体験いたしました。
その時の拙ブログの記事 ↓




あらためて今、作曲者自身の指揮で数多くの名曲をたっぷりと生で聴けたとはかけがえなのない貴重な体験だったと思います。
ブログにも書いたとおり、マエストロは当時70代半ばだったにもかかわらず、休憩入れて3時間あまり精力的に指揮棒を振り、入退場時も疲れを見せずにスタスタ歩いていました。しかも1年目と2年目で、アンコール以外は全曲目入れ替えましたからねー
フルオーケストラにエレキギターとドラムスが加わっていたのが、60年代にポッ
プスのアレンジを手掛けていた頃の雰囲気も漂わせていました。
数々の名曲・名演奏の中でもとりわけ思い出深いのは、一年目のハイライトだった「マカロニ組曲」。「続・夕陽のガンマン」Good, bad and uglyよりオープニング・タイトル〜「ウエスタン」Once upon a time in westernより「ジルのテーマ」〜「夕陽のギャングたち」Giu la testa〜「続・夕陽のガンマン」より「ゴールドのエクスタシー」という三本のマカロニ・ウエスタン作品より4曲を組曲にアレンジしたもので、その素晴らしさを伝えるには実際に聴いて頂くのが一番でしょう。


イタリアはマエストロ=巨匠と呼ばれる偉大な芸術家を輩出してきた国でした。エンニオ・モリコーネはある意味、十九世的巨人の流れを汲んでいると「マエストロ」の数少ない存在だったと私は思っています。海の向こうに偉大なマエストロがまだ健在でいる。私の大好きなイタリアをより輝かせているーそう思うことが私には励みですらありました。

さようなら偉大なマエストロ。お別れは言うけれど、あなたの遺したメロディーは人類の歴史の続く限り永遠に死なないでしょう。

最後に。
マエストロ・モリコーネの曲は数多くのスケーターのプログラムに使われましたが、私が愛するスケーターもジュゼッペ・トルナトーレ監督「海の上のピアニスト」からThe Crisisでプログラムを作り、モリコーネ・メロディーを見事にスケーティングで表現してくれました。

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