NHK BS2 没後10年黒澤明特集 『天国と地獄』

NHK BS2 没後10年黒澤明特集 『天国と地獄』(1963年)

ここまでくると、黒澤没後10年特集も、いよいよ佳境に入ってきた感じがしますね。
『天国と地獄』、もう何度も見ているのに、なんでこんなにハラハラドキドキさせられるのでしょう。やはり世界映画史上で最も優れたサスペンス映画の一本です。
以下、ネタバレでいきますので、ご注意ください。










2時間半あまりの上映時間のうち、権藤金吾(三船敏郎)+警察の誘拐犯との駆け引き→特急こだま→誘拐された子供の解放までで、1時間ちょっと。後の時間は、仲代達矢を中心とした刑事たちの捜査に割かれていました。(ここで、初めて犯人の姿を通行人としてさりげなく登場させるのが、巧い!)
今回見て、捜査会議のシーンがめっぽう面白く感じられました。つまり各チームがコツコツと足で稼いで得た情報を持ち寄って報告し合い、次第に犯人が絞られていく過程。前回の『悪い奴ほどよく眠る』の感想で、黒澤監督は「冠婚葬祭」を描くのが上手いと書きましたが、「会議」のシーンも秀逸ですね。
そして、いよいよ犯人を追い詰める夜の横浜の町のなんというカオス!あの国籍不明の酒場や麻薬中毒患者がのたうちまわっている界隈も、かつては実在したそうです…。黒澤は、戦後まもなくは闇市を好んで描いていましたが、1963(昭和38年)の『天国と地獄』では、さらに退廃した都会の「闇」にまで踏み込んだのですね。

社会的な成功者である権藤邸(横浜の高台にある)=「天国」と、犯人・竹内銀次郎(山崎努)が属するじめじめと暗い安アパート=「地獄」の格差(私はこの言葉をマスコミが意図的に使うのがいやなのですが、ここでは一応使うことにした)を際立たせ方が非常に分かりやすい。但し、犯人は今は貧しくとも、インターンなのだから、まじめに学び働いていれば、やがては医師としての道は開けたはず。おそらく、彼の中に自らを地獄に駆り立てるような資質があったとしか思えないのです。そして、彼の権藤への一方的な執着・憎悪は、ストーカー映画のはしりと言ってもよいでしょう。事件を報道する新聞の論調が、自分の社会的地位を投げ打って、他人の子供の身代金を出した権藤への同情や賞賛になっているのを見て、竹内の顔が微妙に歪むのが恐ろしい。
ラストシーンを見て、ふと『野良犬』を思い出したのですが、社会の歪で不遇になり犯罪に走る人物がいたとしても、それは許されるべきではない。その犯罪の犠牲になる罪のない人を救うべく警察=国家は機能しなければならない、という黒澤監督の正義感がはっきり現れていたと思います。権藤の名前は「吾」、竹内の名前は「次郎」、ここでも『野良犬』のように善と悪が表裏一体であることが示されています。

個々の俳優について。
前回の放送の『悪い奴ほどよく眠る』から3年、その間に『用心棒』『椿三十郎』が挟まっていたわけですが、三船さんのオヤジ化、拍車がかかりすぎ…。たたき上げの靴職人から会社重役へとのし上がった権藤が映画の冒頭で語る「職人論」は面白かった。「コストが高くてもよいものを作る」という権藤に対して、他の重役連中が推す「安かろう悪かろう」な靴は、中国製品がはびこる今の世界を予言していたかのようです。
竹内役の山崎努に関しては、ロバート・デ・ニーロを先取りした演技とも評されているそうですが、大いに納得。こちらでは、'70年代のアメリカン・ニュー・シネマのアンチ・ヒーローの出現を予言しています。
仲代達矢の正義感溢れるエリート刑事は、頭脳が切れ、正義感の塊ではあり、後半の主役といってもよいくらいですが、「竹内を死刑にする」という執念が先行して、余計な死人出させるとか、かなり独断・暴走してました…。
港町・横浜らしく「ボースン(水夫長)」と呼ばれるデカ長を演じた石山健二郎という、スキンヘッドのおじさんを見て、「あれ、このハゲ頭、映画版『白い巨塔』の財前五郎の岳父?」と思いました。でも『白い巨塔』のギトギトとしていやらしい産婦人科医院長と、『天国と地獄』のこわもてだけど人のよいボースンが同じ人に思えない、きっと違う人だね、と思っていたら、やっぱり同一の俳優さんでした…俳優ってすごい。顔つきまで役によって全然変わってしまうのだから。



天国と地獄<普及版>
東宝
2007-12-07

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うーむ、凄かった。  ...
現代劇も迫力十分!黒 ...
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この記事へのコメント

ごみつ
2008年10月22日 22:24
今晩は~。

私も今記事にしましたので、また恒例のTBお願いいたします。(笑)

感想はほとんどなつさんと同じです。私もあの捜査会議のシーン大好き!役者さん達の演技が良いんですよね~。わざとらしくないのよね。
本当に最初から終わりまで、見事なサスペンス映画です。

これで黒澤監督の娯楽作品は終わり・・。次回の「赤ひげ」で三船も終わり・・。なんだかさびしいな~。

あ、ラストシーンもあいかわらず素晴らしかったですね!
オグリ
2008年10月22日 23:02
なつさん、こんばんは。
私は、黒澤明の中で1番好きな作品です。
とはいっても、本線のサスペンスではなくて街の描写に圧倒されました。何度見てもそっちに目がいっちゃうんですよね。
闇の部分を深く抱え込んだ混沌とした裏町、汗でシャツが貼りつくような夏の夜の空気や湿度までが生々しく感じられる‥饐えた臭いまでが漂ってきそうなモノクロの画面。凄い、の一言です。

仰るように天国・地獄はある意味ステロタイプといってもいいくらい分かりやすく描き出してますね。
でもこの作品は、それが決して陳腐ではなくかえって説得力になっているような気がします。
本当に何度見ても飽きないです‥
(後日、大ちゃん特集のところにもお邪魔させていただきます~)

なつ
2008年10月23日 18:33
>ごみつさん、いつもTB合戦させて頂いて、ありがとうございます。私のもよろしく☆

会議のシーンと、それから上で書き忘れたのですが、伊勢崎町で尾行する刑事たちも、いいですよねー。
「あいにく花を買いにいけるような面はいません!」とかユーモアもあって。土屋嘉男いいなあ。
それと、『七人の侍』から10年近く経過しているのに、木村功は、相変わらず「青年刑事」でしたね!

>次回の「赤ひげ」で三船も終わり・・。
ほんとうに…私の感想文の熱さも少し冷めてしまうかも。
でも、未見の『どですかでん』『デルス・ウザーラ』を楽しみにすることにします。
なつ
2008年10月23日 18:45
>オグリさん、こんばんは。
>本線のサスペンスではなくて街の描写に圧倒されました。
一粒で二度おいしい…というか、最初の1時間余の権藤邸+こだま車内という閉ざされた空間でのサスペンスと、後半の町に出た刑事たちの追い込みという、二つの「物語」を見ることが出来る映画ですよね。
その物語が切り替わる場面で、どぶ川のほとりを山崎努が歩いている=初登場の瞬間にはぞくぞくさせられました。
私は特に「黄金町」の場面がショックだったのですが、「都市の闇」にあそこまで踏み込み描写した黒澤明、やはり凄い人です。

いよいよスケートアメリカも始まるし、楽しみなようなこわいようなシーズンインがきましたね!大ちゃんの話題もよろしくお願いいたします☆

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  • 天国と地獄

    Excerpt: 天国と地獄 1963年/日本 (監)黒澤明(演)三船敏郎 仲代達矢 香川京子 三 Weblog: ごみつ通信 racked: 2008-10-22 22:29