岩波文庫版「ドン・カルロス」

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「リクエスト復刊」ということで書店に並んだ岩波文庫『スペインの太子 ドン・カルロス』、作者がシルレル(最初の"ル"が小さくなってる)とあるのを見て、私は「なーんだ。シラーの戯曲じゃないんだ」と思い込んでました (@_@;)
実は、 シルレル=シラーで、まさにこの『ドン・カルロス』こそヴェルディの歌劇『ドン・カルロ』の原作。
いつもお世話になっているYUKIさんもほぼ同時に読み始められていて、こちらのBlogで言及されています。

私は、昨日、読了しましたので、感想を述べます。
佐藤通次氏の日本語訳は、後書き(昭和29年のもの)を読むと、大正12年に着手、最初に活字になったのは、昭和2年とのことで、格調高くも大変古風な日本語です。
一例を挙げると、

王妃 エーボリか。よう来やった。加減が良うなって愛でたいの。尤も顔色は未だ勝れぬようじゃが。

同じく岩波文庫のボーマルシェ『フィガロの結婚』の辰野隆・訳も、伯爵たち貴族は侍言葉、フィガロやシュザンヌ(スザンナ)は江戸っ子言葉でしたが-何しろ「腰元シュザンヌ」、伯爵の名台詞「セヴィリャの士(もののふ)に二言はない」ですから!-、戦前の翻訳には、江戸の香りが色濃く残ってたのですね。旧漢字多くて、ちょっと骨が折れますが、私はこういう日本語好きです。

さて、シラーの原作では、さすがに個々の人物の人間性が細かく書き込まれています。特にロドリーゴとエボリ公女の複雑な心理は、原作を読んで初めて明らかになった部分も多かったです。
しかしながら、シラーが描写を、たとえリブレット上では単純化・簡略化しようと、シラーの描写を音楽で表現した点に、ヴェルディの偉大さがあると思います。

そのあたりに着眼してみると、ヴェルディはフェリペ(フィリッポ)二世の人間としての孤独の深さを、アリア「さびしくも一人眠らん」に、エボリ公女の恋心ゆえの愚かなふるまいはアリア「呪わしき美貌」に凝縮しているといえるのではないでしょうか。
シラーの原作では、ロドリーゴと王子ドン・カルロス(カルロ)との絆を子供の頃にまで遡って語ています(カルロばかりでなくフィリッポのコンプレックスの入り混じったロドリーゴへの想いの激しさ!)。オペラでは「友情のためにわが身を犠牲にする男という側面が強いように思えるのですが、シラーがロドリーゴに託したのは、「自由」への希求だったのですね。
カルロとエリザベト(エリザベッタ)は、ヴェルディはシラーにほぼ忠実に沿ったと思えます。…特にカルロのうじうじぶりは、変わってません。
宗教裁判長の登場は、オペラと違い、フィナーレのすぐ前に来ていました。私がヴェルディの素晴らしさは、この場面の音楽化-バス二人の対決-ではないかと思いました。

読んでいて、胸をつかれたのは、ロドリーゴの裏切りをフィリッポに報告した重臣達の「陛下がお泣きなされた」という台詞です。
思い出しました。遠い昔、たぶん中学生のときに読んだトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』の中で文学少年のトニオが憧れの存在ハンスに「陛下がお泣きなされた」の部分を熱く語り、一瞬ハンスの気持ちを文学=自分と同じ世界に引き寄せることが出来た場面。私はその戯曲がなんだったかよく覚えてませんでしたが、シラーの『ドン・カルロス』だったんですね…。
そんな私の思い出を抜きにしても、この戯曲の最も美しい場面は、この「お泣きなされた」だと思いました。

画像は、ティツィアーノ描くフェリーペ二世の肖像です。

この記事へのコメント

Taptim
2005年03月27日 01:33
うわー、これは読まなくては・・。

昨日、新国で「コジ」みてきました。なかなかバランスのよい公演で。
ベルント・ヴァイクルのドン・アルフォンソがすばらしかったのと、デスピーナの中島彰子さん、主役の外人ソプラノよりずーっとよかったです。
斑猫
2005年03月27日 08:54
そうそう、トニオ・クレーゲルつながりなんですよね。
私は、高校生のとき、筑摩(?)のシラー全集で読んだんですが、ロドリーゴとエリザベッタの別れ際のせりふ―(うろおぼえです)
エ「私はもう男というものを見限りました」
ロ「ああ、それでも人生は美しゅうございます」
に、びびっときましたね。
トロツキーの最期の言葉、「それでも人生は美しい」は、これの引用だと私は思っているのですが、それに言及したものには不勉強なため、まだおめにかかっていません。
岩波文庫で出たという話は聞いたけど、うん、、やっぱりこれは買わなきゃ。
とにかく私にとっては、いわくつきの作品であります。
斑猫
2005年03月27日 09:23
書き忘れました。
トロツキーの最期の言葉は、「ライフ・イズ・ビューティフル」のベニー二に引き継がれているんですよね。最近のベニーニは、ちょっとーという感じなので。ロドリ-ゴをここまで引き出してくるのはなんだか辛いですが。いえ、つまらないことに拘って、ページ汚し失礼しましたm(__)m
YUKI
2005年03月27日 10:57
トラバ有難うございましたm(__)m
あの原作本ってオペラでは無かったカルロスとレルマ伯爵の会話なんかも沢山挿入されていますよねぇ。(^o^)
レルマとカルロスの会話でオペラ(5幕版)の3幕1場のエボリとカルロのシーンでの会話。。。
内容的に似ている所がありましたねぇ。
なつ
2005年03月27日 13:29
>Taptimさん
新国の「フィガロ」「コジ」ちょっと気になってはいたのですが、そうですか。なかなかいいんですね!
ヴァイクルのアルフォンソ…考えてみると、贅沢なキャスティング!
モーツァルトのオペラは、なかなか理想の上演に出会えないのですが(私の実演に接した回数が少ないこともあるとはいえ)、新国は「ドン・ジョヴァンニ」も上質のプロダクションだったし、健等してるようですね。
なつ
2005年03月27日 13:38
>斑猫さん
佐藤通次氏の訳では「わたしは男というものを見限ってしもうた」「お妃様。-それでも人の世はやはり美しうございまする」となっていました。
ここのエリザベッタとロドリーゴのやり取りは、オペラでも二重唱に書いてほしかったですねー。
マンからトロツキーそしてベニーニへと、つながってゆくとは、シラーの「ドン・カルロ」が永遠に若い生命を保っているということなのでしょう。
ヴェルディはシラーの原作をいくつもオペラ化しているし、その後のトスカニーニやヴィスコンティのドイツへの傾倒を考えても、イタリアとドイツのつながりに興味が出てきました。
なつ
2005年03月27日 13:42
>YUKIさん
トラバの報告が遅くなって、すみません。

>レルマとカルロスの会話でオペラ(5幕版)の3幕1場のエボリとカルロのシーンでの会話。。。
あ、それ気が付きませんでした。もう一度そこを読んでみます。
原作では、王の家臣たちがオペラより重要な存在になっていますね。人数も多いし。
エボリ公女が彼らの企んだ陰謀に乗ってしまったことなど、原作を読んで初めて知りました。
原作読むことができて、ほんとうによかったと思います。
Sardanapalus
2005年11月13日 10:47
なつさん、こんにちは!今回りょーさんと盛り上がっている「ドン・カルロ」祭関連で、この記事をリンクさせていただいたので、TBさせていただきました。よろしかったら遊びに来てください。長いしオタクトークですけど…(^_^;)
なつ
2005年11月13日 22:15
Sardanapalusさん、こちらへは初めまして。Benvenuta!
オタクトークだなんてとんでもない~興味深く読ませていただきました。
ロドリーゴが実在ではなくて、エボリ公女が実在の人物だったとは… 〆(..)メモメモ
私はティツィアーンが大好きなので、スペイン・ハプスブルク一家は、肖像画でなんとなく昔から親しみ感じてました<僭越ながら。
また、遊びに来てくださいねー

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    Excerpt: なつさん、またシラーの「ドン・カルロス」のネタを新たにカキコしましたのでトラバさせて頂きました。(^o^) なつさんの記事へリンク貼らせて頂いています。m(__)m Weblog: YUKIとおしゃべりしましょう!(^o^) racked: 2005-04-07 16:49
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    Excerpt: さて、「ドン・カルロ」祭の第3弾です(笑)今回も長いです。お時間のあるときにどうぞ。 第1弾:オペラ「ドン・カルロス」第2弾:「ドン・カルロ」と「ドン・カルロス」 今回は宙ぶらりんで終わっていた「史実.. Weblog: FOOD FOR SOUL racked: 2005-11-13 10:37