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help RSS ドキュメンタリー 「カラス・アッソルータ/究極のマリア・カラス」

<<   作成日時 : 2009/05/06 20:32   >>

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NHK Bs-hiで放送された『カラス・アッソルータ/究極のマリア・カラス』を見ました。2007年のフランスで制作されたドキュメンタリーで、原題の"Callas Assoluta"は、マリア・カラスが"soprano assoluta" 「絶対的ソプラノ」或いは「完璧なソプラノ」という称号を得ていたところからきたのでしょう。実際、このドキュメンタリーのテーマは、カラスが完璧主義者だった、という点にあったと思います。

カラスのドキュメンタリーというと、オナシスとの恋、晩年の悲劇にばかり焦点が当てられたものが多く、正直その手のにはうんざりさせられていたのですが、このドキュメンタリーは歌手としてのカラス、その人間性に焦点を当て、オナシスとのラブ・アフェアーも、その一連の流れの中で描かれていたのがよかったと思います。

私が興味深く感じた場面をいくつか挙げると、まずヴィスコンティと共演したテレビ番組らしき映像。ヴィスコンティがいかにカラスが仕事熱心で勉強家かということを語り、彼女は完璧主義過ぎるから敬遠されることもある。だが、私(ヴィスコンティ)は、自分も完璧主義だから彼女を理解できる、という趣旨の発言をしていました。納得、大納得。ヴィスコテンィとカラスの遺した仕事を見れば(聴けば)、二人が完璧主義の芸術家だったことは、一目瞭然です。
そして、METから契約解除の通知を受け取り、マスコミを相手にまくしたてるカラスの姿。彼女の激しい気性、自己主張の強さには圧倒されますが、しかし彼女の言っている発言の内容は、「完璧主義者」としては、まったく正論なのです。過去にヒットした演目を並べ、カラスさえいれば共演者は誰でもよいと言わんばかりの(という風にカラスが言っていたのです)METの商業主義の批判にもなっていました。

ただ、その完璧主義が仇となり度重なるキャンセルが彼女の敵を増やしていく過程は、見ていてつらいものがありました。それも不可避の体調不良だけでなく、オナシス登場の前からカラスがパーティなどで「遊ぶ」ことを覚えてしまったことが関係あったようなので…。やはりアメリカのゴシップ記者エルザ・マックスウェルと親しくなったことが、カラスが歓楽の世界に足を踏み入れるきっかけだったのでしょうか。母親の愛情に恵まれず、娘時代には戦争、青春の日々のすべてを歌に注ぎ込んだ真面目な女性が、ある程度の年齢になってから遊びを覚えてしまった悲劇…と言えるのかもしれません。
そこにオナシスとの出会いという決定打がきてしまったわけです。

自分は「ノルマ」という女性にとても共感を覚える、と語るカラスのインタビューもありましたが、実際恐ろしいくらいカラスの人生は、オペラ 『ノルマ』と重なってしまいます。ドルイド教の巫女でありながら、敵であるローマ人の「心冷たい」男ポッリオーネを愛してしまったばかりに破滅するノルマ。私には、カラスは、オペラという芸術の「巫女」だったように思えるのです。そしてオナシスを愛してしまったばかりに、オペラの巫女の座から転落する運命に…。

何度見ても、晩年の歌手としての凋落と、孤独な生活の場面を見ると、心が痛みます。いっそのこと、オナシスと完全に切れてしまえばよかったのに、最後までずるずると続いていたのが、カラスには最悪だったとしか思えません。あんな悪い男でも思い切れない女ごころ、理解出来なくはないですが…。
晩年に関わった男性がパゾリーニとジュゼッペ・ディ・ステーファノというのが、また間違った選択だったんですよねえ。パゾリーニはホモ・セクシュアルでカラスの一方的な思い込み、ディ・ステーファノは妻子持ちだったのですから。
ドケチで何かと評判の悪かった夫のメネギー二は、オナシスと会うことさえなければ、なんとか添い遂げることは出来たのかなあ。聖母子像の絵を示し、「これは夫からの初めてのプレゼントです。私が一番欲しかったものをプレゼントしてくれたのですよ!」と語るカラスが幸せそうだったので、ちょっとそんなこと考えました。
そして、何よりも子どもさえ生まれていれば、彼女の晩年の不幸はなかったことでしょう。オナシスの子どもを死産したという説がありましたが、ミラノの病院の診断書が出たので、これは間違いなかったようですね。オメロという名の男の子…。

それにしても、数々の映像、写真に残されたカラスの姿を見ると、あらためて美しい女性だったのだと思いました。ダイエット後の洗練されたカラスは言うまでもなく、若い頃のふくよかな時代も可愛らしかったです。
ダイエット後のファッション・センス、これがまた見ものなのです。帽子、スーツ、ワンピース、毛皮、三連・四連(!)の大粒の真珠のネックレスーため息が出るばかり。
そして、舞台写真に残るカラスの美しさ。特にヴィスコンティ演出の『ヴェスタの巫女』『トラヴィアータ』『アンナ・ボレーナ』は、写真そのものが芸術作品です。

最後にフランコ・コレッリ・ウォッチャーとしての報告。写真は、『フェドーラ』のリハーサルで後ろ姿、「ローマ事件」の際には甲冑姿のポッリオーネとして、コレッリが写り込んでいました。これだけかなーと思っていたら、最後の最後に、『ポリウート』の終演後の映像きました!バスティアニーニも一緒!

画像

左から、ヴィスコンティ、カラス、メネギーニ、コレッリ。1954年スカラ座『ヴェスタの巫女』の時のショットかと思われます。



ところで、このドキュメンタリー"Callas Assluta"、最近劇場公開された『マリア・カラスの真実』とまったく同じものみたいですね。ネトレプコ、ヴィリャゾンの『ラ・ボエーム』といい、NHK BS張っていると、直近で劇場公開のものが見られることが増えてきている?

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんちは。私も同番組を昨年観ました。数年前からカラス関連のドキュメンタリーやドラマが欧米各局で制作され、ケーブルTV等で数々放映されていましたね。
数年前にはファニー・アルダンがカラスを演じていましたよね。
カラスの偉大さをうまく伝えている番組は少ないですよね。
カラスの素晴らしさを理解するには、出演したオペラを放映するのが一番だと思いますが、権利等の問題で放映は難しいのでしょうね。
また、なつさんのおっしゃる通り、彼女はファッションの面でも貢献しました。
特にシャネルです。当時フランスではシャネルは、全く無視されていました。(ナチス関連の為)
シャネルが売れていたのはアメリカでした。これに一役買ったのは、ジャクリーン・ケネディです。
アメリカではジャクリーンが、ヨーロッパではカラスが好んでシャネルを着ていたのです。将来、この二人が一人の男性の狭間で...なんだか、因縁めいてますよね。
この二人の貢献によってシャネルは復活の道を歩むことになるわけなのです。
招き猫
2009/05/07 16:36
こんばんは。
カラスというとBIKIがすぐ浮かんできますが、シャネルも上得意だったのですね。
BIKIはプッチーニの孫、シャネルはヴィスコンティの親友ということで、カラスとの相性のよさがうかがえます。
伊丹十三の若い頃のエッセイに、シャネルを最高に上手に着こなしているのはロミー・シュナイダーと書かれていました。
実際にスクリーンでも彼女のシャネル・ファッションを見ることが出来ますが、彼女もヴィスコンティのお気に入りでしたね。
ジャクリーンとカラスの貢献でシャネルが復権したという話初めて知りました。ご教示ありがとうございます。
なつ
2009/05/07 20:26

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