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『複眼の映像−私と黒澤明』(橋本忍・著 2006年 文芸春秋) 映画友だちのごみつさんからお借りした、日本映画界を代表する脚本家・橋本忍の著書を読了しました。 橋本氏は、黒澤映画中期の傑作群『羅生門』『生きる』『七人の侍』の他、『砂の器』『日本のいちばん長い日』『白い巨塔(映画版)』等、多くの日本映画の名作の脚本を手がけ、90才を迎えた現在もテレビドラマに加筆した脚本を新たに映画化した『私は貝になりたい』が公開中で、いわば戦後日本映画史の証人であると同時に現役の作家でもあります。 本書は、いわゆる「黒澤組」の「共同シナリオ制作」の始まりに立ち会い、外部からではあるものの、その終焉をも見届けた、橋本氏の渾身の証言の書であると言えるでしょう。全編、長く健康を患っていた老人の書いたものとは思えない、ある種のパワーが行間に溢れる名著です。近年は、体調がよくなられているのか、『私は貝になりたい』の公開にも漕ぎ着けられてもおり、その尽きることのない創作意欲は、「もの書き」の業としか言いようがありません。 この本を読み終えてまず思ったことは、天才にとって運命的な出会いは、「偶然」ではなく、「必然」であるということ。戦時中、傷病兵として入院した際、隣のベッドの兵隊から借りた映画雑誌で伊丹万作(映画監督・脚本家。伊丹十三の父)のシナリオを読んだことをきっかけに自分でも試作を書き始め、それを伊丹監督に送ったところ認められ、門下生に→伊丹監督の病死後、その遺言で東宝のプロデューサー佐伯氏が後見人となる→佐伯氏に送った『羅生門』の第一稿が東宝の監督・黒澤明の目に留まる…と、橋本シナリオは才能ある人から才能ある人へと「必然」のように渡っていくのです。 そして『羅生門』から始まった、黒澤監督や小國英雄、菊島隆三ら脚本家達との、旅館に籠もっての真剣勝負のような共同脚本執筆の生々しい記録。当然ながら、その共同制作が頂点に達するのは『七人の侍』であり、ボツになった最初のアイデアから決定稿が完成するまでの過程は、読んでいるこちらまで息詰まるような迫真の筆で再現されています。こういう仕事ぶりの人々の姿を目の当たりにすると、芸術作品を生み出すということ、また「労働」とはどういうものなのか、あらためて考えさせられます。 やがて、『悪い奴ほどよく眠る』を最後に橋本氏は黒澤組の共同シナリオから卒業し、野村芳太郎、小林正樹、山本薩夫ら多くの監督と組んでさらなる名脚本を書き続けていきます。一方、黒澤組の共同シナリオ制作も、形式を変えながら『用心棒』『天国の地獄』ら傑作娯楽作品を生み出していくわけですが、ご存じのように、日本映画の斜陽と時を同じくするように黒澤監督は『トラ!トラ!トラ!』のトラブルに巻き込まれるなど低迷期に入り、橋本氏もまた橋本プロでの映画製作の失敗や健康状態の悪化で長い沈黙を余儀なくされます。これもまた「必然」の運命だったと定義付けてしまうのは、あまりに悲しいことですが…。 私事になりますが、私が最初にリアルタイムで初公開に立ち会った最初の黒澤作品は、1980年の『影武者』でした。巨匠・クロサワがコッポラ、ルーカスらの協力を得て、満を持して時代劇の大作を制作!出演者の大規模なオーディション!主演の勝新太郎の降板!よくも悪くも大きな話題を振りまきながらの鳴り物入りの公開でした。若かった私は、大きな期待を持って前売り券を求め、わくわくしながら劇場のスクリーンに向かったものでした。…しかし、今でも覚えているのは、とにかくつまらない。胸躍るシーンなどただの一つもない。こんなの長い時間見せつけられるのなんて、まるで「拷問」だよ!という苦い思い出のみ。先月、NHK BSの黒澤全作品放送の際も、久しぶりだから『影武者』見てみようかな、と思いながらも結局パスしてしまったのは、あの苦痛ですらあった退屈さが、まるでトラウマのようにこびりついていたからでした。 それだから、橋本氏の著書に、『影武者』の試写を見た時のことを それは一種の拷問であると描写してあるのを読んだ時、胸を突かれたようでした。大脚本家とたかだか映画好きの小娘に過ぎなかった私が「拷問」という共通の表現を抱いたのは単なる偶然だろうし、橋本氏に体して大変おこがましいとは思うのですが、やはり…という思いがしました。 これ以降の黒澤作品に、橋本氏は黒澤組の「共同シナリオ制作」の崩壊を目を察知したわけですが、その原因を『乱』を例に取ると、黒澤監督が 明らかに感情移入の限界を超えるため、客観性を失い、登場人物の自我のみの主張に陥り、一人よがりの独善的な映画作りとなってしまったと分析しています。晩年の黒澤作品群が、『夢』のいくつかのエピソードや『八月の狂詩曲』のラストシーンを除いて、私にとってはおそろしいほどにつまらなかった理由を、見事に解き明かしてくれたような気がします。 そんな不満も、その巨大な存在の前ではかき消えてしまうほど、全盛期の黒澤映画が輝きを失うことは、人類の歴史が続く限りありえないと信じていますが。 また、本書には、 黒澤さんにとって、橋本忍は会ってはいけない男だったんですという野村芳太郎監督のショッキングな言葉も載っています。つまり橋本忍と出会わなければ、黒澤監督は「映画の面白さのみを追求」する超々一級の娯楽映画監督になっていたであろうという…映画ファンとして、なんとも興味深く且つ複雑な思いにさせられる言葉です。 実際、黒澤作品以外での『砂の器』『日本のいちばん長い日』『白い巨塔』『上意討ち 拝領妻始末』等の橋本脚本による作品を見ると、野村監督の言葉が微かに響いてくるような気がしてきました。それでも、黒澤−橋本の出会いが「必然」であったことは、動かし用のない事実ですが…。 最後に、本書のプロローグとエピローグに、私がよく見知っている光景が象徴的に用いられているのが、個人的に興味深いので、付け加えておきます。それは、橋本氏が黒澤家を訪ねる時、井の頭線から下北沢で小田急線に乗り換えるのが常だったということ。未だに橋本氏は、井の頭線の高架から小田急線のホームを見下ろすと、黒澤明の家を訪ねて初めて出会った日のことをまざまざと思い出すのだそうです。あと数年後には小田急が地下化されるので消える運命のこの光景、私もしばしば目にするので、橋本氏の思いを追体験したような気分になりました。僭越ながら…。 |
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複眼の映像 -私と黒澤明-
橋本忍著 文芸春秋刊 ¥2,000(本体価格) ISBN 4-16-367500 ...続きを見る |
ごみつ通信 2009/01/10 15:48 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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お久しぶりです。そして遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。 |
幾山河 2009/01/10 04:17 |
今日は。 |
ごみつ 2009/01/10 15:46 |
>幾山河さん |
なつ 2009/01/11 00:07 |
>ごみつさん、こんばんは。TBありがとうございます。私からのは届きませんでしたが…念のためまた、トライしてみます。 |
なつ 2009/01/11 00:14 |
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